2008年11月12日水曜日

彫刻家の恋

彼女は街で評判の彫刻家、そして街一番の美人だ。
街中の皆が彼女を知っている。その職業も、美貌も。生み出してきた数々の作品も。彫刻に費やすのと同じくらいの時間を、男たちを口説くために使っているということも。
彼女の日々の楽しみは、行きつけのバールで過ごす夕食後のひと時。一杯のポルト酒や赤ワインを手に、明日の作業の工程や、次の作品に思いをめぐらす。そして、新たな作品の素材を探す。
「ねぇ、あなた。あなたの額、とても綺麗な形ね」
「あなたの鼻は完璧だわ」
バールではよくそんな風に、彼女は“素材”に声をかける。大抵の場合、彼女は独りで来て、アトリエへ帰る時には連れがいるのだ。
時に彼女は、“美”を持つ者を求めて街を彷徨う。そしてある時は公園の片隅で、またある時は芝居小屋の入口で、男たちをアトリエへと誘う。その現場を見た他の男たちは、嫉妬と羨望の混じった口調で彼女の“狩り”の様子を吹聴するのだった。
実際、彼女に抗う者はほとんど無かった。いったい誰が抗うだろう、こんな美しい“美の選定者”からお墨付きをもらえるのに? ……たとえそれが“ほんの一部の自分”に関してなのだとしても。あまりに細かく“素材”を選別するので、いつしか街の人々は彼女についてこう噂するようになった。
「彼女は、理想の恋人を彫り出そうとしているのさ……」
「彼女の眼にかなう現実の男なんていない。
 彼女は生まれる前に、天使ミカエルに恋をしてしまったのさ」

ある日、バールの主人はいつものように彼女を店に迎え入れた。すると珍しいことに彼女に連れがいた。小太りの、朴訥そうな、少々垢抜けない男だ。 注文をとろうとして、
「ええと、こちらは……?」 と声をかけると、
なんと彼女が薔薇色に頬を染めた。
「教会で出会ったの。私達、結婚するつもりよ」
連れの男は黙ったまま、彼女を見てにこにこと頷いている。
「そりゃまた、一体どこが良くて……?」
思わず口をついて出た疑問を主人が慌てて飲み込むのと、ほぼ同時に彼女が言った。
「彼の歌声は、この世のものとは思えないくらい美しいのよ!」

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こちらでは、お初に書きこみます。

バールというから、スペインあたりが舞台なのですね。
黒髪の情熱的な才能ある美女、といったところでしょうか。
全体にただようおしゃれな雰囲気がいいです。

オチのきいた、いかにもショートショートらしい作品なので、むしろ、掌編というよりは、ショートショートを名乗ってしまったほうがいいのでは?

匿名 さんのコメント...

よう子さん、いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます♪
実はこの手のものを書いたのは初めて……。
これがショートショートなのか、これからこの手のものをupし続けられるのか、自分の中でも未知数です(^_^;)。
どんなブログになるのか、見守ってやって下さい。